お侍様 小劇場 extra

    “秋の匂い、くんくん” 〜寵猫抄より
 


都内ではまだ九月に入らぬうちから急に気温が下がり、
朝晩だけならともかく、昼の内でも長袖や羽織るものが必要となったほど。
直前の夏が随分な酷暑だっただけに、
その落差も大きくて、

 『暦の上でだけとか、名ばかりのとか言いますが、
  今年はそうでもないみたいですねぇ。』

毛布出しちゃいますか?
勘兵衛様はそれでなくとも寒いの苦手ですものねぇと。
そちらは暑いのはダメだが寒いのには耐性がある金髪の敏腕秘書殿が、
夏の間、外出への禁制まで出ていたのがやっと解かれた開放感からか、
リビングの掃き出し窓を開け、
ちょっぴりひんやりする朝の空気を思いきり吸い込んでから、
室内側を振り返り、いかんいかんとやや慌ててサッシを閉じつつ、
そんなことをば訊いてくる辺り、

 “現金なものよと言うてもいいものか。”

夏場の禁制が、本人は大仰だというものの、
実を云や、体質というよりも霊感の問題だけに、
こちらとしても安堵している守護役の勘兵衛だったりし。

 “盆を挟むせいか、それとも羽目外しから生じた怨嗟が多い頃合いなのか。”

夏場という時期は、
節気以上に 霊体や妖異の類が彼へと寄って来やすいからでもあって。
昼間の強い日輪もまた、かえって反動付けになるものか、
性分の悪いのがうようよと 物陰なんぞにうずくまっているものだから。
体調にまで影響したのを振りかざし、名分としては暑さ負けのせいにして、
出来るだけ自分の傍ら、つまりは家の中にいなさいと
言い置くことに成功したというのが、本当の“ことの順番”なのだったりし。

 「久蔵、おはよう。」

てけてってと小さな綿毛が足元へ駆け寄ってきたの、
そりゃあ嬉しそうに屈んで抱き上げる笑顔も優しい、
金髪白面、フランス映画にでも出てきそうな美人な彼は、
風貌が真逆な勘兵衛と、不思議と同じ家系の遠縁の存在。
子供の頃から剣道場で顔を合わせの、交流もあった間柄だが、
そんな中で気になったのが、
自分が秘密裏に“相続”した陰陽師関わりの気配というか運気というか、
微妙なものをまといつけている子だなぁというところ。
本人はもとより、親御さんや身近な人々にも問題のある存在はいないというに、
怨嗟や何やという負の感情を染ませているが故、
素直に成仏が叶わなかったらしい筋の残渣思念、
乱暴な言い方で、悪霊だの生霊だのという歪んだ精気の一種や霊体が、
どういう加減か、この見目麗しく資質も人柄も手厚い彼へ、
ぐいぐいと引き寄せられてしまうらしいということで。
生命としてか弱いとか、陰の月に生まれてそういう気配を惹きつけやすいとか、
そういった思い当たりが一つも該当せぬというのに、
思わぬ病に襲われたり、
知らぬ間に大きな痣が出来ていたり。
それもまたそういう関わりのせいだとすれば、因果が重すぎる話となるが、
兄弟がいたはずが死産していたり、ご両親が早くに相次いで亡くなられてもいて。
そういう話を少しずつ聞き拾うにつけ、
自分が父から祈祷師関係の能力とやらを引き継いだのも何かの縁、
彼を見守り、悪しきものから守ってやらねばと。
表向きには身の周りのあれこれを見てほしいからという名目の下、
同居に運んだのが発端でもあって。

 ≪今はそれをお忘れになるほど、ですよね。≫

ソファーに坐して新聞を広げていた作家せんせえの足元、
さっき起きましたという態で小さなお顔を前脚でこすっている漆黒の仔猫さんが、
主人の胸の内にだけ聞こえる声で茶々を入れたので、

 ≪…お主、このごろはよう喋るな。≫

要らんことばかりをとは言わなんだが、それでも口調で伝わったものか。
ふるるっと小さな頭を素早く振り回した仔猫さん、
にぃと愛らしい声で短く鳴いて、
こちらにだけ口許をほころばせるところが小癪だったりし。
そしてそして、

 「にいにい、まぁう。」

小さなお手々をちょいちょいと前へ振り、
向かい合って小首を傾げる七郎次へ何か言いたげな素振りをする、
一見、キャラメル色の毛並みをしたメインクーンの仔猫、
彼らには腕もあんよも寸の足らない
小さな和子に見えている愛らしい金髪の坊やもまた、

 『……。』

昼間の屈託ない無邪気さが信じられないほどの寡黙冷徹。
七郎次と変わらないかやや若い年頃の姿へ転変し、
痩躯に負うたは二振りの得物、
自分の上背と同じほどあろうかという和刀を振りかざし。
粘質陰惨極まりない怨嗟の亡霊、
更夜の気配ごと真空の闇に切り裂いて叩きこむような鋭い斬撃にて
片っ端から片づけてしまう、大邪大妖狩りというのが本性で。
昨夜もちょうど、
どこの誰が放ったそれか、邪恋の成就にと巡らせた奇禍を誘うための咒へ、
負の精気をまとう霊体が集まりかけていたところへ突っ込んで、
鞭のようにしなう腕を降り抜いたは鋭い閃光のごとき一瞬のしわざ。
だというに、刃に触れてもない遠いものまでも、
じゅうと蒸散させたほどの恐ろしき使い手だっただなんて

 “話したところで信じるまいな。”

小さなお手々にもっと小さな橙色の花をつけていて、
ああこれかぁと、
引っ詰めに結った髪のせいですっかりあらわになっている
美麗な細おもてが朗らかに破願する。

 「勘兵衛様、久蔵が秋の気配を持って来ましたよ?」

小さなお鼻をすん・くんくんと、
やたらひくひくさせたり何か言いたげだったのは、
お庭の片隅にある金木犀の木立に
ひときわ薫り高い花が早々咲いていたのを見つけたかららしく。


 時間の流れもゆったりになる気がする秋の到来。
 どうか平穏安寧にお過ごしくださいませねと、
 葉陰に実ったまだ緑のユズがふるると揺れて呟いた
 初秋の朝でございまし。



   〜Fine〜  15.09.28.


 *時々、うんと忘れてしまいますが、
  久蔵ちゃんは 実は腕の立つ剣豪で、大妖狩りでもありまして。
  秋は秋でお彼岸とかありますが、
  そっちはちゃんと弔われているので問題は少ないのだそうな。

  「…それって稲垣某が言ってた、
   同じ難ありなら
   墓場近くの物件の方がよほど安心って話からの派生じゃないのか?」

  ななな、何をおっしゃる兵庫さん。
  つか、こっちではお久し振りですねvv
  出番が減っててすいませんです。

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る